【書評】何故天文学者は徹夜で観測するの?『暗闇のなかの光 ―ブラックホール、宇宙、そして私たち』

 皆さんは、どのように天体を観測するのか、ご存じだろうか?多くの方は「望遠鏡で観測している」ということは、イメージがつくだろう。地球の周りには、ハッブル宇宙望遠鏡もある。では、ここから5500万光年の距離にある、ブラックホールを観測するにはどうすればよいかと聞かれたら、皆さんは、どのように考えるだろうか?まず、「5500万光年」という距離が、途方もなさすぎる。地球から光の速さでも5500万年かかるのが、想像つかない。更に、そこにあるブラックホールを観測するなんて不可能だと思うだろう。何と、それをやり遂げた人物がいる。その人物こそ、本書の著者であるハイノー・ファルケである。彼は、オランダにあるラドバウド大学の教授を務める、宇宙物理学者だ。本書は、ファルケ教授が同僚とともに、どのように途方もない距離にあるブラックホールを観測したのかを書いている、回想録である。専門用語も出てくるが、実に読み応えのある本である。今回の書評では、本書のどこが面白かったのか、そして、どのようなことを学んだのかを、書いていく。

 本書の何が面白いかというと、そもそもブラックホールの存在を証明しようと、徹夜で観測に挑んだ天文学者がいる、という事実である。僕は、何故そこまでして観測するのか、かなり疑問だった。徹夜は、文字を見るからに体に悪い。睡眠不足は、アルコールを体に入れたのと同じくらいの判断能力に低下させる。また、睡眠不足では、僕たちの魅力は30%も減少する。つまり、彼らは、「ブラックホールの存在証明」という人類の快挙に、自分の身を削ってまで挑んだ、猛者中の猛者、ということになる。では、そこまでして観測した理由は、一体何だったのであろうか?その答えも実にシンプルである。「ブラックホールについて知りたい」という好奇心である。詳しところは本書に譲るが、著者曰く「今まで私たちは、ブラックホールの存在を状況証拠で説明してきた。私は、ブラックホールが、犯行を犯している、つまり直接星を飲み込んでいる証拠を掴みたかったのだ」という。実に、頭が下がる。

 更に、本書の結論が、実にシンプルなのだ。本書の終わりには、著者であるファルケ教授が大切にしていることが書かれている。その結論とは、「我々人間は、常に疑問を持ち、探求し続けるべきである」なのだ。実にシンプルかつ、分かりやすい結論だ。しかし、ここにも重要な意味が込められていると、僕は考える。疑問を持ち続けるということは、つまるところ「僕たち人間には限界がある」ということだ。そもそも、完璧ならば、疑問何て持つ必要がない。しかし、現に人間は、多くのミスを犯す。なので、人間の知性は、有限なのだ。にもかかわらず、何故筆者はこの結論にしたのだろう。僕の想像だが、あまりに多くの人間が、この限界に気付いていないからだ。実際に「90%の人間は、自分は全体人類の半分より頭がいいと評価する」というデータも出ている。90%の人間が、全体人類の半分より頭がいいことなんて統計上ありえない。なので、このデータからも、如何に人間が思い込みに支配されやすいかが分かる。筆者は、そのことを理解しているからこそ、この結論にしたのだと思う。

 本書は、ラドバウド大学の教授である。ハイノー・ファルケ教授によって書かれた、回想録である。2019年にブラックホールの写真が公開されたが、あのブラックホールの撮影に関わっている人物の一人である。宇宙物理学者で、子供のころから好奇心が強かったらしい。彼が小さいころ、自宅のアパートの向こうにある世界を知りたくて、釘で穴をあけ続けたというエピソードも載っている。ちなみに、穴は結局あかなかったそうだ。

 僕は、このような偉大な人の本を読めたのだ。かなり、ありがたいことである。本書は、専門用語も多少出てくるが、如何に人類の進歩が成し遂げられたかを知れる、貴重な本である。ぜひ、手に取っていただきたい。

参考文献
ハイノー・ファルケ、イェルク・レーマー(2022)『暗闇のなかの光 ―ブラックホール、宇宙、そして私たち』吉田三知世(訳) 亜紀書房